不運すぎた猫ちゃん

まだ私が大学生だった頃の話です。私は実家暮らしだったので、遊ぶには不便な環境でした。それに比べ友達のK君は一人暮らしだった。うらやましかったので、毎日のように入りびたるようになった。その日はO君と一緒にK君の家に突入した。部屋が2階の一番奥だったので、階段を上り、廊下に出た途端ものすごい速さで目の前を横切るものがあった。「ビクッ!」としてその「何か」へ視線を送ると、一匹の猫だった。(さすが猫!反射神経が抜群で忍者のようだ)そんなことを思いながらその姿を見ていると、何かおかしい…。

なんだかもがいているように見えるのです。マンガでよく見るあれ!?瓦屋根で足を滑らせ、でも負けまいと必死に足を動かし、その残像が円のように見えるやつです。猫ちゃんはじわりじわりと屋根の端の方に追い込まれていきました。わけのわからないまま見守る私の目の前で、哀れ、猫ちゃんは落下…しませんでした。なんと最後の力を振り絞り、爪を立ててとよにぶら下がったのでした。さっきまでのかっこいい姿とは似ても似つかない間抜けなというより、哀れな姿でした。

わたしにも状況が飲み込め、「やばい、猫ちゃん最大のピンチ!」ということを悟りました。猫ちゃんを救うべく近づいて救いの手を差し伸べた途端に、猫ちゃんの全身がプルプルと震えだし、私の伸ばした手から遠ざかっていくのでした。「あ~、猫ちゃ~ん…」猫ちゃんは観念したような悲しげな眼のまま地面に向かって…と、ところが落下の軌道のちょうどいいところに柵があったのです。大の字のまま落ちていく猫ちゃんの不運は最高潮に達しました。そのままの姿勢をキープして、柵に股間をモロに打ち付けてしまったのです。乾いた衝撃音の後に続いて、「ニャッ!!」とも「ギャッ」ともわからないような低い叫び声を残して、猫ちゃんの姿は物陰に消えていったのでした。

助けてあげられなかった自分の無力感を感じつつ、今目の前で繰り広げられたあまりにテンポのいい連続技に、申し訳ないが笑わずにはいられなかったのです。それを自分では止めることができなくなってしまった。面白いことは新鮮なうちに誰かに知らせなくてはならない。私は肩を引くつかせながら、涙でぬれた顔のまま一番奥の部屋へ走った。そして、ドアをドンドンと叩きながら、声にならないような声で「お~い、開けてくれ~。い、今大変なことが…猫が、猫が…」油断すると猫ちゃんの断末魔の表情と叫び声が襲ってきて爆笑してしまう…ドアがそっと開いた。今にも泣きだしそうなK君と部屋の奥にはうつむいた女性が目に入った。K君は「ワリ…今日は帰ってくれ…」とだけ言うとドアはまた静かに閉じた。わたしはすべてを理解したが、その瞬間、また悪魔のような表情と叫び声が…心とは裏腹な行動をとってしまう自分を呪った。笑いながら(友達一人なくしたな)と確信した。不運なことというものは伝染するらしい。これほど不運な猫に出会ったのはその時だけだった。それ以上にK君の悲し気な表情が私を苦しめた。しばらくたって彼は昔好きだった女性とドラマもような恋をしてゴールインすることになるのです。失敗があったからこそ大成功ですね。あの猫ちゃんを思い出すと、少しぐらいの苦労は何ともないと前向きに頑張れるのだ。

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